TakeruHiroshi

[ 2015年撮影 ]


「子ども欲しいよね」とパートナーが言ったときにすごく嬉しかったのを覚えている。実際に持てるか持てないかは別として、その話をパートナーとできること自体が昔の僕にとっては考えられない夢のような出来事だったからだ。 幼い頃、夫婦喧嘩の絶えない家庭に生まれた。両親は結局、離婚をして父は去り、母親と暮らしていたもののお酒を飲んでは暴れる毎日で一緒に暮らすことができなくなってしまった。その後、祖父と祖母に引き取られて暮らしていたが母が自死、その1ヶ月後祖父は白血病で亡くなってしまった。 祖母と妹の三人暮らしとなった。だから男の人と女の人とが結婚して子どもを持つような所謂“フツー”の家庭に憧れていて、それだけが“幸せなこと”だと信じていて、それを実現することは幼い頃からの夢だった。 だから自分はゲイであると気づいた時、結婚もできないし、子どもを持つこともできないと絶望してしまった(幼い頃からの夢を捨ててしまうようでゲイであることを認めるのにも時間がかかった)。けれど今、僕には男のパートナーがいて「子ども欲しいよね」と言っている。 ハードルをさげて、2人でイモリを飼いだした。第一子である。名前はみゆきといくえ。「イモリもそれぞれ性格が違って面白いね」なんて2人で眺めながら幸せだなと思った。 自分の幸せに自信を持っていい。“フツー”であることと、自分の“幸せ”が一致しないなんてことは実はみんなに沢山あるんじゃないか、そして“フツーじゃない”ことは必ずしも不幸なことばかりではないんじゃないかと今になって思える。両親はいなかったし、入学式や卒業式の写真もないけど、祖母と亡くなった祖父との思い出は今も僕を支えてくれている。 去年、父と11年ぶりに再会できたのも、いま前向きに自分の人生を歩みはじめることができたのもパートナーが支えてくれていたからだ。子どもも、もしかしたら本当に持てるのかもしれないなんて思ってすらいる(既に話し合いを重ね、子どもの前では絶対に喧嘩をしないという約束もした)。 今週末、僕の実家に2人で遊びに行く。母と祖父に紹介するつもりだ。

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